小腸のパイエル板を介してガン細胞を掃除

私たちの体は常にガン細胞の生まれる環境にさらされています。化学物質、ウィルス、放射線、紫外線、煙草、活性酸素、遺伝子のコピーエラー...。こういったものから逃れられればいいのですが、現実的には無理なことです。
では、ポロリと生まれた1つのがん細胞が易々と増殖、暴走をして悪性腫瘍またはガンと呼ばれる大きな固まりに至るかというと、そうではありませんよね。ガン細胞が自ら死を選ぶアポトーシスという現象もあれば、ガン細胞を掃除する免疫という力が備わっています。この免疫という言葉は、今では馴染み深いものですが、実はまだまだベールに包まれている部分も多いのです。
 さて、ガン細胞の掃除部隊を生産し、鍛え、蓄える場所には骨髄、胸腺、脾臓、リンパ節の器官がありますが、これに加えて最近では小腸が注目されるようになってきました。
江戸時代の中期の頃です。スイスの解剖学者であるパイヤー氏が、十二指腸より先の空腸から大腸にかけて丘のように盛り上がっているところがあるのに気付きました。小腸粘膜には絨毛(じゅうもう)と呼ばれる細かい突起がびっしり生えているのですが、そこはパッチワークを施したように絨毛が全くないのです。そのサイズは一定ではなく、大きなパッチもあれば小さなパッチもあります。そのパッチは、パイヤー氏にあやかってパイヤーズパッチと命名され、日本ではパイエル板と呼ばれてきました。しかしながら、パイエル板がいったい何の意味があって小腸に存在しているのか、長いこと解明されずにきたのです。どうやら免疫応答に関わっているらしいと分かったのは90年代に入ってからで、90年代半ばになると免疫応答の場所として俄然注目を浴びるようになりました。
 2003年、東北大学薬学部において、パイエル板を用いた免疫実験を行いました。パイエル板に日本産冬虫夏草の一つであるハナサナギタケの二次代謝物をふりかけた時、ガン細胞の掃除部隊を育てるのに欠かせないタンパク質が放出されるかどうかを調べるものです。
そのタンパク質は、インターロイキン2とインターフェロンγというものでサイトカインと総称されています。実験結果からインターロイキン2とインターフェロンγの産生が認められました。日本産冬虫夏草を実際に飲み、免疫力が上がる仕組みの一つは、小腸のパイエル板を活性化して掃除部隊を出動させていたためだったと分かったのです。この実験は2003年の日本薬学会(長崎市)で発表いたしました。
 免疫という仕組みはとても複雑で優秀。ヒトの考えも及ばないことをやってのけています。そこには、生物として地上に生き続けてきた40億年という果てしない時間が刻まれています。ガン細胞を取り逃がさないように、体は幾重ものガードを配備して守っているのです。
それなのにがん細胞を取り逃がして発ガンを許してしまう人が絶えないのはどうしてでしょう。今では日本人の2人に1人がかかる国民病となってしまいました。
これまでガンを克服された方を数多く取材してきました。どなたも発病する前の生活を振り返っておられます。仕事のし過ぎ、睡眠不足、対人関係や経済的なもめ事、喫煙、過度の飲酒、薬の飲み過ぎ、自然からかけ離れた食事や環境など。これからくる肉体的精神的ストレスのために莫大なエネルギーを失い、がん細胞の掃除に使うエネルギーが不足するのです。
発ガンしてからでも遅いということはありません。心も体も休ませて、治すことにエネルギーを集中させた方たちが、がんの縮小、消失を成し遂げています。そういった方たちの中には、はじめに便秘が解消されたという方もいて、腸内環境を良くすることは、パイエル板を正常に働かせ、がん細胞を掃除するための第一歩と考えています。

自然薬食微生物研究所 研究員
薬学博士 矢萩 禮美子
朝日ウィル2003年6月17日号掲載
※写真は日本薬学会にて 日本薬科大学 伏谷教授(左)と